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【広報ふじ昭和57年】ふるさとの昔話

はりつけ八幡 村を救った青年名主

 市役所のすぐ南、青島にはりつけ八幡と呼ばれている神社があります。
 その昔、命をかけて村人を救った恩人の霊をなぐさめるため、個人所有の私社として代々まつられて来たのです。


検地の役人を追いかえす

 検地というのは、幕府が農民から年貢米を取りたてるために、田や畑を測ったり、とれ高を調べたりすることで、農民にとってそれは重く厳しいものでした。
 延宝9年(1682年)徳川5代将軍綱吉のときのことです。青島村に検地に来た幕府の役人、ことのほか厳しい調べで、一粒でも多く農民から取ることを考えていました。しかし、数年来の不作で、農民は自分が作った米を口にすることさえできずに苦しんでいました。その上、大津波の被害が重なって悲惨な生活を味わっていたのです。
 名主川口市郎兵衛(かわぐちいちろうべえ)は、これ以上の年貢米を課せられたら村はつぶれてしまう、何とかして農民を救わなければと悲壮な決心をし、検地の役人を一歩も村に入れませんでした。泣き寝入りするよりほかなかった農民が、ひとたび決意を固めれば、さすがの役人もかないません。
 不公平な検地はまぬがれたものの役人に盾ついた者として市郎兵衛は江戸送りになり、再び村には帰って来れませんでした。はりつけの極刑となってしまったのです。青年名主が29歳の若い命をかけて青島村を救ったのです。

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